「予測して制御する」発想を超える社会実装
私の出発点は、地域づくりや経営コンサルティングではない。神戸大学大学院で自然科学を学び、地震現象のフラクタル性や自己組織化臨界現象を研究した。故伊東敬祐先生との共著論文「Earthquakes as self-organized critical phenomena」は1990年にJournal of Geophysical Researchに掲載され、1994年には「Fractals in earthquakes」をRoyal Societyの学術誌に発表している(ひょんな縁からRoyal Societyで招待講演をすることになったのは、一生の誉れだと感じている)。
ところで、地震という現象は、単一の要因が単純に結果を決めるものではない。多数の要素が局所的に相互作用し、エネルギーの蓄積と解放を繰り返す中で、全体として特徴的な分布やパターンが現れる。こうした複雑系の見方は、その後私自身の組織・地域・社会実装の捉え方と響き合っている。
局所の合理性と全体の結果は一致しない
社会実装の現場では、各主体が合理的に行動しているのに、全体として望ましくない結果が生じることがある。研究者は性能向上を優先し、企業は採算性を重視し、行政は公平性と説明責任を求め、現場は業務負荷を避け、利用者は安心と使いやすさを求める。それぞれの判断には理由がある。しかし相互作用の結果、導入判断が止まったり、責任の空白が生まれたり、技術だけが孤立したりする。
このとき「誰かが理解不足だから進まない」と考えると、説明会や説得を増やすだけになる。複雑系として見るなら、問うべきは個人の態度より相互作用の構造である。情報はどこで滞るのか。失敗のコストは誰に集中するのか。現場の工夫が上位の意思決定に届くか。評価指標が短期成果だけを促していないか。構造を変えなければ、同じ結果が再生産される。
大規模な一手より、小さな介入と高速なフィードバック
複雑適応系における戦略形成は、「知識型」と「探査型」にけて考えることができる。既知の正解を効率的に活用する知識型は、環境が安定しているときに強い。一方、変化が激しく正解が定まらない状況では、小さく試し、結果を観察して次の行動を変える探査型の戦略が必要になる。ただし探査型は、結果が返ってくるまでに時間がかかる状況では意味をなさない。迅速なフィードバックが不可欠である。
科学技術の実装で「まず全国一律の完成形を決める」ことが危うい理由もここにある。現場の業務、制度、文化、利用者の行動は場所ごとに異なる。最初に必要なのは、限定された環境で仮説を明示し、技術性能だけでなく利用者価値、業務適合性、費用、合意形成への影響を観測することだ。失敗を小さくし、学習を速くする設計が、大規模展開の前提になる。
「創発」は放任ではない
複雑系を持ち出すと、「結果は予測できないのだから現場に任せればよい」という誤解が生まれやすい。しかし複雑適応系マネジメントは放任ではない。厳密な結果を上から設計する代わりに、
- 多様な主体が参加できること
- 重要な情報と判断過程が透明であること
- 試行錯誤を行える場があること
など、創発が起こりやすい条件を意図的に整える。
これは制御対象を直接動かすのではなく、相互作用の質を変える介入である。会議体を増やすとかいうことではない。異なる利害を持つ人が同じ問いを扱い、試行の結果を共有し、次の判断を共同で更新できる仕組みをつくることである。
自然科学の比喩を、そのまま社会に当てはめない
地震と人間社会は同じではない。人は意味を解釈し、規範を持ち、意図的にルールを変更する。したがって自然現象のモデルを社会へ機械的に転用することはできない。大切なことは、特定の数式を社会へ持ち込むことではなく、「全体は要素の単純な足し算ではない」「相互作用とフィードバックが結果を変える」「小さな変化が増幅される」という認識を実装設計に持ち込むことである。
科学技術の社会実装では、技術の完成度だけを上げても十分ではない。技術が入ることで変化する関係、行動、制度を観測し、その変化に合わせて計画を更新する必要がある。地震研究から社会システムへと続く私自身の経験は、普及は直線ではなく、臨界点を持つということを教えてくれた。
複雑系の視点は、技術普及の見方も変える。利用者が一人増えるたびに同じ割合で普及が進むとは限らない。周囲に利用者がいない間は、学習コストや不安が便益を上回る。一定数の実践者、支援者、成功事例がつながると、口コミ、互助、標準化が相互に強化され、急に普及が進むことがある。反対に、一件の事故や制度変更が信頼を損ね、利用が連鎖的に減る場合もある。
したがって、実装初期に見るべきなのは総利用者数だけではない。
- 利用者同士が知識を交換しているか
- 質問に答えられる現場支援者が何人いるか
- 例外処理が蓄積されているか
- 導入組織間でデータと手順が共有されているか
といったことを観測するのが望ましい。こうした接続密度は、普及の臨界点に近づいているかを示す先行指標になる。
介入も一律でなくてよい。孤立した利用者には伴走を厚くし、相互支援が始まった集団には権限と情報を渡す。信頼を左右する少数の窓口や専門職を特定し、そこへ教育とフィードバック経路を集中する。そういったメリハリを付けることも重要だ。
複雑系として実装を見るとは、未来を諦めることではない。非線形な変化を前提に、増幅される小さな条件を見つけ、望ましくない連鎖を早く止め、望ましい変化に転じるように介入することである。
この観点からは、実装KPIにもフィードバック時間を入れるべきであると私は考えている。現場の異常や利用者の工夫が、設計変更を決める人へ届くまで何日かかるか。その時間が短いシステムほど、予測不能な変化に対してしなやかに適応できるのである。