複雑適応系マネジメントから考える社会実装の介入法
複数の組織が関わる社会実装では、「関係者間の調整」が必要だとよく言われる。しかし、日程を合わせ、会議を開き、議事録を配るだけでは、技術と現場の間にある構造的な隔たりは埋まらない。
研究者、企業、行政、利用者は、それぞれ異なる目的、時間軸、評価基準、専門用語を持つ。コーディネーターの本質的な役割は、意見の平均を取ることではなく、異なる主体の相互作用から新しい解決策が生まれる条件を設計することである。
私は、若者と地域を結ぶ事業、復興人材育成、大学と地域の協働、企業支援などで、コーディネーター育成と現場運営を重ねてきた。複雑適応系マネジメントを説明する際には、全体を上から厳密に制御するのではなく、多様性、独自の場、情報の透明性などを整え、望ましい創発を穏やかに方向づける「ハーネシング」という考え方を提示している。
多様な判断基準が交わる関係をつくる
社会実装の会議では、早い段階で「全員の合意」を求めがちである。だが未知の技術や新しい制度について、十分な経験がないまま最終合意を形成することは難しい。抽象的な賛否を繰り返すより、何が分からないかを共有し、小さな試行で答えを得る方が合理的である。
コーディネーターは、対立を消すのではなく、検証可能な問いへ変換する。例えば、医療AIへの懸念が「人の判断が失われる」という形で出たなら、どの判断を支援対象とし、どこに専門職の確認を残すか、誤りをどう発見するかという実験設計へ落とす。住民の反対を説得の対象にせず、受容条件を明らかにする知識として扱う。
参加者を増やすだけでは、多様性は確保されない。同じ立場の人が多数集まっても、見落としは残る。必要なのは、技術性能、現場運用、経済性、制度、倫理、利用経験など、異なる判断基準を持つ主体が参加するすなわち、戦略(自らの行動基準を変更する際のルール)の多様性を作る方が重要である。
一方、多様な主体を集めるほど、用語と関心のずれは大きくなる。研究者が精度を語り、現場が作業時間を語り、行政が公平性を語っても、議論は接続しない。コーディネーターは、共通の対象を用意する必要がある。利用者の一日の行動、現行業務の流れ、データの移動、費用と便益の帰属、事故時の責任などを図示すれば、各専門性が同じシステムへ書き込める。
独自の場で構想を育て地域へ手渡す
新しい発想が生まれない原因は、人の創造性不足ではなく、所属組織の評価や権限に縛られていることが多い。通常の会議では、研究者は確実なことだけを話し、企業は営業秘密を守り、行政職員は正式見解と受け取られる発言を避ける。探索のためには、未完成な仮説を持ち寄り、小さな失敗を共有できる独自の場が要る。
ただし、場を日常業務から切り離し過ぎると、ワークショップで生まれた案が実行されない。探索の場と意思決定の場をつなぎ、誰が次の実験を承認し、資源を出し、結果を受け取るかを決めることが必要である。創発は偶然に任せるのではなく、出口まで含めて設計する。
私は地域でのコーディネートについて、
外部者であっても「自分だったらこうする」という地域の将来像を持つべきだであると同時に、その上で、最終的には地域側が自らの意思で選んだ将来像を受け入れる
ことが重要だと考えている。外部者が何も考えず要望に従うだけでも、正解を教えるだけでもない。この中間に高度な専門性がある。
社会実装では、コーディネーター自身が成功の中心人物になり過ぎると、離任後に関係が止まる。会議を主宰する力、データを読む力、プロジェクトを組む力を、地域や組織の当事者へ移していかなければならない。支援の成果は、自分が不可欠になることではなく、自分なしでも次の試行が進めらことある。
相互作用の質を測り介入を知識にするコーディネーターを支える四つの機能
コーディネーターのKPIを、面談数、会議数、マッチング数といったものだけに置くと、接点は増えても実装は進まない。課題が仮説へ変換された割合、試行までの時間、異なる主体間で共有されたデータ、現場提案が意思決定へ反映された件数、支援終了後の協働継続などを測る必要がある。
科学技術の社会実装は、最適な解を知る一人の指揮官が進めるものではない。相互作用を通じて解の候補が生まれ、検証され、選び直される過程である。コーディネーターは、その過程を遅らせるような摩擦を減らし、必要な緊張を保ち、学習を次の行動へつなぐ創発の設計者なのである。
創発の設計者として機能するには、「実践」「伴走」「連結」「提言」の四つの機能が相互に支え合うことが必要である。
- 実践は、現場に入り、当事者と共に手を動かしながら仮説検証を進める機能である。実務の制約や言葉になっていない知恵は、会議室から観察するだけでは捉えられない。実践に関与してこそ、提案を実行可能な形へ翻訳できる。
- 伴走は、当事者に代わって答えを出すのではなく、問いかけ、振り返り、判断を支え、自ら次の一歩を選べる状態をつくる機能である。支援者が離れた後も試行が続くためには、知識だけでなく、考え方と進め方が当事者へ移っていなければならない。
- 連結は、人と人を紹介するだけでなく、異なる専門用語、評価基準、情報、資源、制度を翻訳し、協働できる関係へ組み直す機能である。研究成果と現場課題、実証と意思決定、地域の経験と外部の知見を結ぶことで、単独の主体では見つけられない選択肢が生まれる。
- 提言は、現場で得た知見を個別事例のまま終わらせず、組織の方針、事業の仕組み、制度や政策の改善案として言語化し、意思決定の場へ返す機能である。この機能は、限られた地域での実装成果を多地域に横展開するために極めて重要な機能だと言える。
- いずれか一つだけでは十分ではない。実践だけなら目の前の作業に埋没し、伴走だけなら個別支援に閉じ、連結だけならマッチングで止まり、提言だけなら現場から浮いた理想論になりやすい。現場で実践し、伴走によって学びを引き出し、連結によって共有可能な力に変え、提言によって制度や組織の条件を更新する。この循環が次の実践を生み、個別の成功を持続可能な社会実装へ変えていく。
コーディネートは成果が見えにくい。問題が起きなかった、対立が深刻化しなかった、適切な人が早く参加したといった価値は、会議数では表せない。
では、どうすればよいか。ひとつの方法として、重要な介入を短いログに残すといことがある。何が停滞していたか、どの関係や情報の欠落を仮説としたか、誰をつなぎ、どんな問いや場を用意し、相互作用がどう変わったかを記録する。ログを月次で複数のコーディネーターがレビューすれば、個人の勘を方法論へ変えられる。「説明不足」と思われた問題が実は決裁権の不在だった、参加者を増やした結果かえって発言が偏った・・・といったパターンが蓄積され、介入の方法や副作用も検討することができるようになる。