火焔型土器モデルは「成功への階段」ではない
一つの事業が成功しても、地域全体が変わるとは限らない。反対に、小さな活動が人のつながりを変え、次の挑戦を呼び込み、地域の仕組みまで動かすこともある。この違いをどう捉えればよいのだろうか。
ここでは地域トランジションを、個別の事業改善にとどまらず、資源の使い方、意思決定、暮らしを支える制度を持続可能な方向へ組み替える過程として考えたい。
手がかりになるのが、環境省の『地域循環共生圏づくりの手引き』に掲載された「火焔型土器モデル」だ。主体性への着火を起点の一例として、仲間や地域のビジョンが生まれ、地域プラットフォームの形成と事業創出が両輪となって発展する姿を描く。中心にあるのは、対話と協働を通じた気づきと学びである。
注意したいのは、この図が固定的な段階を順番に上がる工程表ではないことだ。事業が先に始まる場合も、既存組織が協働の場になる場合もあり、行きつ戻りつしながら進む。
地域プラットフォームも、よくある協議会や法人の設置と同義ではない。人、情報、資金をつなぎ、担い手を見つけ、その挑戦を支える動的なネットワークである。会議の開催数より、ネットワークの質、すなわち「誰が誰とつながり、何を試せるようになったか」を見るべきだろう。
このモデルの強みは、地域づくりを一人の英雄や大型事業に還元せず、関係づくりと実践の相互作用として示した点にある。しかし、好循環がなぜ生じ、どこで止まり、どの条件で制度の転換に届くのかまで、図だけで説明できるわけではない。その背後のメカニズムを考える視点が、複雑適応系である。
複雑適応系とXカーブで読む、挑戦が連鎖するメカニズム
複雑適応系は、多様な主体が互いの行動に反応し、学習や適応を重ねることで、全体として新たな秩序を生み出すシステムだ。地域に当てはめれば、住民、企業、行政、金融機関などの相互作用から、誰かが最初に設計したわけではない協働や事業が生まれる、すなわち創発が起こる。同じ施策でも地域の歴史や関係性によって結果が異なるのはこのためだ。
例えば、住民と事業者が小規模な再生可能エネルギー事業を始めたとしよう。運営実績を共有して信頼が高まり、新たな参加者や資金が集まり、収益の一部が別の地域課題に使われる。そこでの成果がさらに協力を呼ぶなら、「実践→信頼→資源→次の実践」という自己強化のポジティブ・フィードバックが働く。火焔型土器モデルの両輪は、このような循環として読み解ける。
一方で、システムぼ変化を停滞させる悪循環への警戒も必要である。少数の担い手への仕事の集中、利益配分への不信、既存事業との競合が強まれば、参加は減り、事業も停滞する。つながりを増やせば必ず良くなるのではなく、挑戦を支える関係と、負担や排除を生む関係を見分ける必要がある。
地域という複雑適応系の動態をさらに深く捉えるには、社会生態システム論の「適応サイクル(成長、蓄積・保全、崩壊・解放、再編)」や、トランジション理論が有効である。
たとえば、地域トランジションの軌跡を描く「Xカーブ」の視点を持てば、新たな挑戦(ニッチ)が育つプロセスと並行して、既存の硬直化した仕組み(レジーム)が解きほぐされるプロセスが不可欠であることが理解できる。適応サイクルにおける「崩壊・解放」は、忌避すべきものではなく、硬直化した仕組みがいったん壊れ、新たな可能性へ向けて要素が解放される重要なプロセスである。その後の「再編」において多様な主体のつながりが再構築されることで、次なる成長への準備が整うのだ。
もう一つ重要なのは、異なる規模(空間的スケール)と時間軸の相互作用を捉える「パナーキー」の視点である。小さな実験の経験が自治体の調達や支援制度の見直しにつながり、逆に広域の制度や蓄積された知識が現場の再挑戦を支える関係を考えられる。個別事業が増えるだけでなく、現場のニッチな実践が既存のルールを書き換え、次の挑戦を可能にする制度的な条件が整うとき、すなわち、創発とフィードバックのループが成立するときに地域トランジションは深まるのである。
変化を決め切るより、学び続ける条件をつくる
行政的な計画によって複雑適応系の創発を直接コントロールすることはできないが、創発が起きやすい「条件」を意図的にデザインすることは可能である。地域トランジションにおいては、火焔型土器モデルを実践のための見取り図とし、複雑適応系をその進み方や停滞を分析する視点として使うのがよい。目標を持つことと、到達経路を固定しないことは両立する。必要なのは計画の放棄ではなく、現場からの学びによって計画そのものを更新する運営である。
実務的な話としては以下のようなものを考えると良い。
- 最初から一つの大型事業に賭けず、損失を限定できる小さな実験を複数用意する
成果が見えたものは育て、うまくいかなければ理由を共有して見直す。資金を一度配って終えるのではなく、試行、検証、継続判断を支える伴走の時間も確保したい。成功事例の形をコピーするより、その地域で成立した条件を学ぶことが重要だ。資金面でも、全てを収益事業にする必要はなく、活動の性格に合う持続の仕組みを組み合わせることが大切である。 - プラットフォームを開かれた協働の基盤にする
特定のリーダーに情報と権限を集中させず、複数の担い手が引き継げるようにする。効率のために一つへ集約するだけでなく、代わりの担い手や連携先を残すことも、変化に対応する備えになる。 - 誰のための転換かを問い続ける
環境負荷が減っても、費用や作業が一部の住民に偏るなら、それは成功とは言いがたい。参加しにくい人や反対する人の声を聞き、利益と負担の配分を話し合う場を設けたい。攪乱を受けても重要な機能を維持するレジリエンスと、仕組み自体を変える力は区別し、何を守り、何を変えるかを地域で選ぶのである。 - 学習を評価する(特に重要)
事業数や参加者数わかりやすい指標に逃げるのは論外として、温室効果ガスの削減、住民の所得や暮らしへの影響といった評価指標も持ちつつも、新しい担い手が育ったか、失敗の経験が次の判断に使われたかを確かめるのが望ましい(行政事業ではこの部分の難度が非常に高い)。。
地域を持続可能にするのは、完成された設計図というより、挑戦を生み、経験を共有し、制度を更新し続ける力だ(ご縁をいただいている鹿児島県錦江町の新田町長がよく言われる「筋肉質な地域」とは、まさにこんな地域)。同じ事業を守り続けることではない。次の担い手が、自分たちの問いから新しい実践を始められる条件を残すことが「火焔型土器モデル」の本質なのだろうと思うなのである。