地域の計画づくりでは、よく、環境、社会(コミュニティ、福祉、教育)、経済という三つの領域が並べられる。自然環境を守る事業、人材やコミュニティを育てる事業、産業や雇用を生み出す事業。それぞれに目標と指標を置けば、計画は一見整ったものになる。
しかし、三つの欄を埋めただけで地域が変わるわけではない。自然が保全されても担い手がいなければ維持できず、人材を育成しても働く場や資金がなければ地域に残らない。設備を整えても、住民の信頼や制度的な支えがなければ使われない。それぞれは単体で強化できるものではなく、互いの循環統合を通して初めて強化できるものである。
地域の持続可能性を決めるのは、資本の量そのものより、異なる資本がどのように接続され、互いを強化するかである。
資本統合は、三つの資本を並べることではない
地域に存在する土地、水、森林、施設、企業、人材、技能、文化、ネットワークは、すべて地域資源である。だが、存在しているだけでは将来の価値を生む地域資本にはならない。資源が、必要な主体が利用できるアクセス、維持する担い手、利用を支える制度や権利、そして維持・学習への投資と結びついたとき、初めて地域資本になる。
したがって資本統合とは、環境資本、社会資本、経済資本を一つの表に集めることでも、三者を均等に増やすことでもない。環境・社会・経済は状況を確認するための「分類棚」であり、目的ではない。統合の対象は分類そのものではなく、資本を機能させる関係である。
たとえば森林を考える。森林面積だけを見れば環境資本である。しかし、管理技能を持つ人、林業や熱利用の事業、地域内の供給網、教育や学習の場、長期的な資金が結びつけば、森林は社会資本と経済資本も同時に育てる。反対に、担い手が失われ、利用制度が硬直し、維持投資が途絶えれば、森林が存在していても資本としての力は弱まる。
資本統合の核心は、複数の資本を合算することではない。「接続」「アクセス」「ガバナンス」「維持・更新」を一体として設計し、一つの投資が複数の地域能力を育てる状態をつくることにある。
また、統合は、すべての資本を同時に増やせるという予定調和を意味するものでもない。自然を守るために利用を制限する場面もあれば、産業転換によって仕事や収入が一時的に失われる場面もある。だからこそ、将来像への寄与、代替可能性と不可逆性、維持・移行コスト、便益と負担の分配を同じ意思決定の場で扱う必要がある。資本統合とは対立を消すことではなく、対立を可視化し、何を守り、何を変えるかを選べるようにすることである。
統合は「接続」と「再編集」によって進む
資本統合を実務に落としこむには、地域資本を固定的な資産として扱わず、守る、育てる、活かす、再編するという四つの意思決定で捉える必要がある。
失えば回復できない自然、文化、信頼、基幹技能は守る。将来必要だが不足している人材、協働関係、地域金融、維持管理能力は育てる。すでに存在しながら、用途や担い手、他の資本との接続が弱い土地、施設、データ、知識は活かす。そして、維持コストが大きく、将来像への寄与が低下した用途や制度は再編する。そういったことをナガされるままにするのではなく、明確な意思決定の元に進めることが必要だ。
ここで重要なのは、再編の対象を資本そのものとその用途(特に旧用途)に分けることである。既存の産業拠点が役割を終えつつあるとき、専用設備、契約、補助制度、組織上の役割は見直しの対象になる。一方で、土地や立地、道路や系統への接続、安全・運転技能、物流や取引関係、地域の信頼まで捨てる必要はない。旧用途を分解し、移転できる資本を抽出し、循環産業、再生可能エネルギー、学習・交流、地域サービスへ再結合する。資本統合とは、この「分解―移転―再結合」を設計することである。
この見方は、トランジションマネジメントで用いるXカーブとも結びつく。
(トランジションについては「新しい技術を「導入する」から、地域が未来を選び直せる仕組みへ」を参照)
新しい仕組みを実験し、加速し、制度化するだけでは移行にならない。同時に、既存システムの最適化、不安定化、解体、段階的終了を見据え、どの資本を新しい側へ移すかを決めなければならない。新設と縮退を同じ図に置くことで、資本統合は理念ではなく、配分の問題になる。
必要なのは「統合指標」より「統合された意思決定」である
資本統合を進めるとき、すべてを一つの数値へまとめたくなる。しかし、一つの総合指標をつくれば統合が実現するわけではない。むしろ、資本ストック、利用フロー、成果、公正な移行は分けて把握した方がよい。
生態系や施設の状態、技能を持つ人や組織、地域供給能力、信頼やネットワークは資本ストックである。
資産の稼働率、地域調達、参加と協働、資源循環量、知識やデータの共有は利用フローである。
雇用、所得、健康、幸福、排出削減、災害や価格変動への強靱性は成果である。
さらに、誰が便益を受け、誰が費用やリスクを負うのかを、全期間を通じて確認しなければならない。
統合すべきなのは指標ではなく、その指標を使う意思決定である。まず資産一覧から始めるのではなく、「将来、この地域は何ができる必要があるか」を定め、そこから必要な資本を逆算する。長期には望ましい地域像と必要な地域機能を定め、中期には制度、市場、インフラ、役割、資金を組み替え、短期には事業や実験を動かして技能、関係、データを蓄積する。そして、得られた学びを使って経路と将来像を修正する。
計画に新しい項目を追加するだけでは、資本統合にはならない。予算、調達、規制、土地、組織、金融を横断し、どの資本を守り、育て、活かし、再編するのかを決める必要がある。部局別、事業別に分かれた資源配分を、将来必要な地域機能から組み直すのである。
地域資本の可視化は、地域にあるものを数え切るための作業ではない。異なる資本の関係を読み、将来の価値を生む組み合わせをつくり、役割を終える用途から必要な資本を移すためにある。
資本統合とは、完成した一枚の地図をつくることではない。地域が、自らの資本の状態を読み、接続を組み替え、投資と撤退を選び直し続ける能力を持つことである。その能力が蓄積されたとき、環境、社会、経済は別々の政策領域ではなく、地域の未来を共につくる一つの循環になる。