社会課題の解決では、価値を受け取る人と、費用を負担する人が一致しないことが多い。こどもの支援を受けるのはこどもや保護者だが、費用は自治体、学校、財団が負担するかもしれない。高齢者の移動が改善することで、本人と家族が便益を得る一方、支払者候補は自治体、交通事業者、観光事業者になることもある。

このずれを曖昧にしたまま「利用者ニーズがある」「社会的意義が大きい」と説明しても、事業化は進まない。必要なのは、受益者、支払者、実施主体を分け、それぞれが継続に参加する理由と責任を接続することである。

受益者・支払者・実施主体は別の主体である

受益者は、解決策によって状態が改善する人、組織、地域である。住民、患者、学校、地域団体などが該当する。支払者は、利用料、契約、予算、委託費などを出す意思決定単位である。企業の購買責任者や自治体の所管課がこれに当たる。実施主体は、提供、運用、保守、改善に責任を持つ主体であり、企業、自治体、NPO、協議体などが候補になる。

三者が同じ場合、比較的単純なビジネスモデルを描きやすい。利用者が便益を感じ、その利用者が対価を払い、提供企業が運用する構造である。しかし、公共性や外部効果の大きい課題では三者がずれる。本人の困りごとが深くても、本人が十分な支払い能力を持つとは限らない。利用者が満足しても、実施主体に保守や問い合わせ対応の能力がなければ継続できない。

そこで、価値も三者別に整理する必要がある。受益者にとっては、生活、健康、安全、学習、社会参加がどう変わるか。支払者にとっては、政策目的、費用削減、業務改善、将来リスクの低減、説明責任にどう結びつくか。実施主体にとっては、必要な人員、スキル、手順、データ、保守負担を引き受けられるか。同じ解決策でも、三者が見る価値と懸念は異なる。

特に注意したいのが、「協力主体」と「実施主体」の混同である。実証会場を提供する、利用者募集を手伝う、助言を行うといった協力と、終了後に日常運用、問い合わせ、研修、保守、事故時対応を引き受けることは同じではない。協力の意思が確認できても、運用責任まで合意されたとは限らない。候補主体には、月何時間・何人を割けるか、どの業務なら担えるか、契約や予算が必要か、最終判断者は誰かまで確認する必要がある。

また、実施主体自身にとっての便益も見落とせない。社会的意義だけを理由に負担を求めれば、担当者の善意に依存する。既存業務との整合、組織の目的、人材育成、データ活用、将来の事業機会など、実施主体が継続する理由も明確にする。

たとえば災害・安全分野では、受益者は住民や地域団体であり、支払者候補は自治体、防災組織、企業となる。住民への説明は被害低減や避難のしやすさが中心になるが、企業には業務継続、自治体には避難効率や責任説明が重要になる。環境・農地分野では、農家、地域、将来世代が受益者となり、自治体、企業、協同組合には、脱炭素、収益多角化、地域資源管理、政策整合という別の価値を示すことになる。

支払者には「財布と意思決定」を特定する

支払者を「自治体」「企業」「病院」とだけ書いても、事業化の設計には使えない。組織は一つの財布や意思で動いているわけではないからである。自治体であれば、どの所管課が、どの政策目的で、どの事業・予算から、どの時期に判断するのかを特定する。企業であれば、利用部門、購買部門、予算保有部門、最終決裁者が異なる可能性がある。

支払者候補を具体化するときは、少なくとも四つの点を確認する。それは、

  • 第一に、誰が課題を自分の所管として認識しているか
  • 第二に、誰が予算要求または契約判断を行うか
  • 第三に、どの予算科目、事業、契約形態が候補になるか
  • 第四に、判断の時期と必要資料は何か

である。

「○○市が関心を持っている」ではなく、「○○市△△課が、地域福祉計画の施策に関連して、来年度の既存事業組替えを検討できるか」と書ければ、次の協議が具体化する。

支払者への説明も、受益者の満足だけで終わらせない。こども支援であれば、早期発見、支援効率、公平性、将来リスクの低減が判断材料になる。高齢者移動であれば、社会参加だけでなく、医療・介護負担、交通資源の活用、地域経済への波及を検討する。支払いの理由は、社会的に良いから自動的に生まれるのではない。支払者が自らの目的と責任に照らして、費用を出す合理性を説明できる必要がある。

ステークホルダーマップを検証設計に変える

ステークホルダーマップは、関係者の名前を並べる名簿ではない。継続に必要な役割、各主体の便益、必要な証拠、責任範囲、優先度を整理する道具である。

まず、状態が改善する受益者を具体的な属性で書く。次に、財布、予算、契約権限を持つ支払者候補を意思決定単位で書く。そして、研究期間終了後に提供、運用、保守を担える実施主体を置く。さらに、協力主体と阻害主体も確認する。協力的な関係者が多くても、運用責任を持つ主体がいなければ継続できない。一方、法務、個人情報、現場管理、予算査定などの懸念を持つ主体を早期に把握できれば、後の停止要因を減らせる。

関係者は増やすほどよいわけではない。継続に不可欠な主体、意思決定を止める可能性がある主体、運用を引き受ける主体を優先する。各主体について、「得られる便益・価値」「確認すべき証拠」「優先度」を記す。根拠が弱い場合は、期待で埋めず「未確認」とする

証拠も相手別に設計する。受益者には状態変化や利用経験、現場には作業時間や負担、支払者には費用対効果、対象者数、政策指標、実施主体には運用時間、研修量、保守頻度、データ管理条件が必要になる。主体は具体的に、価値は相手の言葉で、証拠は検証可能な形で書く。

こうして作られたステークホルダーマップは、単なる分析資料ではなくなる。誰に会い、何を示し、何を聞き、どの合意を得るかを定める検証計画になる。事業化に必要なのは、関係者を一つの「共創チーム」として美しく描くことではない。異なる価値、財布、責任を持つ主体の間に、継続可能な接続をつくることである。