大阪府立青少年会館で試された公共経営
科学技術の社会実装というと、研究所、工場、病院、自治体の実証事業などを思い浮かべる。しかし、新しい社会の仕組みを試す場は、もっと身近な公共施設にも存在する。私自身が2006年から館長を務めた大阪府立青少年会館は、その好例である。
同館は年間予算規模約2億円、敷地面積約1万平方メートルの公立施設で、私自身は指定管理者制度の下で初の民間人館長として(ついでに言えば史上最年少の館長として)運営を担った。実践型インターンシップ、大学生向けキャリア教育、アートを用いた地域活性化、若手起業家や芸術家の育成などを展開した。この会館を、施設・設備を貸す「レンタルスペース屋」だけでなく、若者と地域の挑戦を結ぶプラットフォームへ変えようとしたのである。
公共施設には、建物以外の資源が集まっている
公共施設の資源は、部屋や設備だけではない。自治体の信用、長年の利用者ネットワーク、専門職員の知識、地域における知名度、公平に利用できる制度的な入口がある。これらは、民間の新規事業が短期間で獲得しにくい資源である。
指定管理者の仕事は、単なるコスト削減とか利用率の向上といった従来の使い方の延長洗浄での改善ではなく、施設の設備、信用、歴史、ノウハウ、関係する人々といった有形・無形の資産を、資本として設置目的に沿って大胆に活用し社会的なインパクトを生み出すことだと当時も今も考えている。青少年会館でキャリア教育やインターンシップ、ギャラリーカフェ、若手芸術家の活動などを展開できたのは、施設を「箱」ではなく、社会関係資本が集積するシステムとして捉えたからだ。
科学技術の実証でも同じ発想が使える。図書館をデジタル包摂の拠点にする、公民館を地域エネルギーの学習・相談拠点にする、保健センターを予防技術の共創拠点にする等々。既存施設の社会的信頼と接点を活かせば、新技術を住民の日常へ近づけられる。
未利用の空間と時間は「探査」の余白になる
公共施設には、利用率の低い時間帯や目的が固定化していない空間がある。通常は稼働率の低さとして問題視されるが、実装の観点では小規模な試行を行う余白でもある。新しい用途を最初から本事業にすると、予算、規程、責任の壁が高い。既存サービスを損なわない範囲で小さく試し、利用者の反応と運用負荷を確認できれば、次の意思決定に必要な証拠をつくることができる。経営の世界でいうところのリアルオプションに相当する。
青少年会館での多様な自主事業は、複雑適応系マネジメントでいう「探査型」の活動と重なる。すでに確立した貸館業務を効率的に運営する一方で、若者と地域をつなぐ新しい企画を試す。成功した取り組みは育て、合わないものは修正する。これらの取り組みは、公共施設が、安定運営と探索を同居させる実験場になりうることを実証することになった。
利用者を受益者から共創者へ変える
公共サービスは、行政や指定管理者が提供し、住民が受け取るものと理解されがちである。しかし社会実装が目指すのは、提供者が完成品を配る関係だけではない。利用者の経験知を設計に取り込み、活動の担い手へ移行できる関係である。
実践型インターンシップでは、若者は講座を受けるだけでなく、企業や地域の事業に参画する。アートプロジェクトでは、施設側が作品を提供するのではなく、若手の表現者や地域の団体が場をつくる。こうした参加は、利用者ニーズを把握する手段であると同時に、運営主体を多元化する方法でもある。
新技術の導入でも、住民モニターを集めて感想を聞くだけでは十分ではない。利用場面の選定、リスクの洗い出し、運用ルール、評価指標をともにつくることで、受容性と実効性が高まる。
実験場には、公共性を守る境界条件が必要
公共施設で新しいことを試す際、自由度だけを強調するのは危険である。公平な利用、個人情報、事故時の責任、政治的中立性、条例上の目的など、守るべき条件がある。指定管理者は、一定の公権力を自治体に代わって行使する責任ある立場であるからだ。
社会実装の実験場とは、規制の外側で好きに試せる場所ではない。公共性を守る原則を明確にした上で、既存の資源を新しい価値へ組み替える場所である。大阪府立青少年会館での実践は、公共施設をコスト削減の対象だけでなく、地域の探索能力を高めるインフラとして捉え直す視点を与えてくれた。
公共施設に「実験ポートフォリオ」を持たせる
公共施設を実験場として機能させるには、単発企画ではなく、安定運営と探索の資源配分を明示する必要がある。例えば、職員時間や自主事業予算の大半は既存サービスの品質維持へ、一定割合は既存事業の改善へ、さらに小さな割合は新しい用途の探索へ置く。割合は施設によって異なるが、探索枠を正式に確保することで、担当者の善意や過大な負担に依存しなくてすむようになる。
各実験には、設置目的との関係、対象者、利用する施設資源、守るべき公平性・安全性、期間、費用上限、評価、終了後の選択肢を記した「実験パスポート」を持たせる。利用者が増えたかだけでなく、これまで接点のなかった層へ届いたか、職員の知識が増えたか、地域団体が担い手になったかを見る。成果が出なければ、中止理由を公開可能な形で残す。
成功した企画も、直ちに恒久事業へしない。
- 需要が継続するか
- 条例や契約に適合するか
- 特定の担当者なしで運営できるか
- 受益と負担が公平か
といったことを次段階で確かめる。公共施設の探索能力とは、奇抜なイベント数ではない。公共性の境界を守りながら、新しい価値を低コストで発見し、必要なら日常サービスへ移せる能力である。
住民参加には、実験であること、収集するデータ、通常サービスとの違い、途中で撤回できることを明示する。公共施設の信頼を実証の便宜として消費せず、透明な説明と結果の返却によって、次の探索にも使える社会的資本として守る必要がある。
実験結果を施設間で共有できれば、各館が同じ失敗を繰り返さず、地域ごとの適応に資源を使える。公共施設ネットワーク全体を分散型の実装研究基盤として捉える視点も重要である。
自らの実体験から公共施設を例として話を進めたが、これらの内容は社会実装プロジェクトが公的な制度として定着するプロセスでも同様に考える必要がある事柄だと考えている。効果的なロビー活動につなげるためにも、こういったことを意識する必要があるのだと考えている。