Iserlohn Co. Ltd.EMERGENCE DESIGN
Emergence Review

地域や社会をどう捉えるか - 力学系から考える社会システムの変化 –

地域で新しい取組を始めるとき、私たちは「何をするか」を考えます。その判断の手前には、もう一つの問いがあります。それは、

そもそも我々は地域や社会を、どのようなものとして捉えているのか

というものです。

地域に何らかの変革を起こそうとするとき、人口や産業の構成を調べ、組織や制度の役割を整理し、人々の経験や思いを聞きとったりします。それぞれが、地域を理解するための手掛かりになります。そこへ、人々の判断が互いに影響し、その結果が次の判断の条件を変えていく過程まで含めると、地域の姿はどのように見えてくるでしょうか。

今回は、社会科学の個別の理論を入り口にするのとは異なる切り口として、数学の「力学系」から地域や社会を考えます。力学系は社会科学でも用いられる枠組みですが、ここでは

現在の状態が、どのような条件で次の状態へ移るのか

という問いを出発点にします。

イゼルローンでは、科学技術の社会実装を、人や組織の関係が変わっていく過程も含めて考えています。新しい技術や事業が加わった後、誰が何を確かめ、どのように判断を変えるのでしょうか。力学系という視点を通じて、その過程を具体的に考えてみたいと思います。

共同開発を変化の過程として見る

ある地域で、木材加工企業と大学が、地元にある未利用の端材を使って、梱包用の緩衝材を共同開発するとしましょう。以下は説明のための仮想例です。

参加企業や大学、予算、保有する設備を一覧にすれば、取組の構成は分かります。では、それだけで開発の進み方まで見通せるでしょうか。

製造を担う企業は、必要な性能や原料供給の見通しが分からず、担当者を十分に配置できません。大学は、加工条件の記録と試料がそろわず、研究を進めにくい状態です。緩衝材の利用を検討する企業も、使える試作品がなければ評価できません。それぞれに関心があっても、次の行動に必要な条件がそろわなければ、共同開発は進みません。

そこで、扱う原料と用途を絞り、期限を区切って試作することを検討します。企業が試料と加工担当者を出し、大学が測定方法を決め、利用を検討する企業が必要な性能と評価方法を提示します。試料、人員、費用負担、評価時期を合意できれば、試作と評価に向けた作業を始められます。

この場面で見るべきものは、保有する資源に加えて、その資源を使うための条件です。

ある組織の判断が別の組織の行動を可能にし、その行動が次の状況をつくります。

地域や社会を変化の過程として捉えるとは、こうした連なりに目を向けることです。

現在の状態から次の状態へ

力学系の基本は、「状態」と「時間発展の規則」の組合せです。ある時点の状態を定め、そこから時間とともにどう変わるかを扱います。時間を連続的に扱う場合には微分方程式、月ごとや年ごとなど区切って扱う場合には差分方程式や写像を使います。

社会について考える場合にも、まず、何の変化をどの範囲と期間で捉えるかを決めます。地域の境界を行政区域と一致させる必要はありません。域外の企業や大学との関係を含めて考える方が、説明したい現象に合う場合もあります。

共同開発なら、参加企業数、投入できる人員、試料や設備、蓄積した試験結果などが状態を表す候補になります。誰と情報を共有しているか、どのような経験や期待を持っているかも、次の判断に関わるなら含めます。同じ参加社数でも、参加している企業や、そこで蓄積した経験が異なれば、その先の動きまで同じとは限りません。

この考え方を、外部からの働きかけや環境条件も含めて、簡略に書くと次のようになります。

xt+1= F(xt, ut, et; θt)

xは対象の状態、uは施策などの働きかけ、eはモデルの外から与える環境条件、つまり外部環境を表します。θは制度や行動の条件を表す係数、Fはそれらから次の状態を決める規則を示します。tはある時点で、t+1は次の時点です。必要に応じて、確率的な変化も組み込みます。

この式を使うには、状態をどう測り、何が変化を生むと考えるのかを具体化し、観測と照らし合わせる必要があります。過去の経験が次の判断に影響するなら、その情報も状態に含めるなど、履歴を扱える形にします。何を外部条件とするかも分析の範囲次第です。関係者の行動によって変わる部分まで説明するなら、その変化もモデルに含めます。

このように、力学系という切り口は、地域について知っていることを、

次の変化を考えるには、どの情報と規則が必要か

という問いに組み直す際に役立ちます。

個々の判断から集団の動きが生まれる

ある企業が参加するかどうかは、自社の意欲だけでなく、他社がどう動いたかにも左右されるかもしれません。この相互依存を単純な形で表したのが、グラノヴェターの閾値モデルです。他の何人が行動すれば自分も行動するかという条件から、集団全体の動きを考えます。

ここでは、その考え方を参考に、試作品の共同評価への参加を検討する10社の仮想例に組み直します。
各社を一つの意思決定主体として扱い、大学は10社に含めません。最初の参加社数はゼロで、各社は必要な数の他社が参加した次の回に加わります。全社が現在の参加社数を正確に知り、参加条件は固定され、一度参加した企業は離脱しないと仮定します。

集団各社が参加に必要とする他社の数この条件での結果
A0、1、2、3、4、5、6、7、8、9社10社全てが参加
B0、2、2、3、4、5、6、7、8、9社1社で停止

Aでは、他社の参加が不要な1社が最初に加わります。それを受けて1社の参加を条件にしていた企業が加わり、次は2社を条件にしていた企業が加わるため、10社まで進みます。Bでは、最初の1社に続いて動く企業がなく、そこで止まります。

変更したのは、1社の参加条件を「他に1社」から「他に2社」へ動かしたことだけです。平均閾値は4.5社と4.6社ですが、結果は大きく異なります。このモデルからは、平均値に加え、条件の分布と、そこから生まれる行動の順序を見る意味が分かります。

これは共同評価への参加だけを扱う説明用モデルです。製品の採用や発注、事業化の成否は扱っていません。現実の検討では、社内の調整や試作結果によって参加条件そのものが変わる場合も調べる必要があります。

つながり方が変化の経路に関わる

先ほどの例では、全ての企業が集団全体の参加社数を知っていました。実際には、協働相手の判断には気付いても、別の分野の動きは見えていないかもしれません。誰の行動を誰が知ることができるかによって、判断に使える情報も変わります。

チェントラによるオンライン実験では、1,528人の参加者について、各人のつながりの数を揃えた比較でも、ネットワークの構造によって健康フォーラムへの登録の広がり方が異なりました。この実験条件では、局所的なつながりが重なるネットワークで、登録がより広く速く進みました。この結果を地域の共同開発へそのまま当てはめることはできませんが、人数に加えて、行動や情報が伝わる経路を調べる理由になります。共同開発でも、試験結果を誰が受け取り、誰に相談でき、その情報が次の判断にどう使われるかを確かめることが、検討の手掛かりになります。

人々は変化の条件もつくり直す

共同開発の例に戻ります。試作品ができ、利用を検討する企業が実際の荷物で評価したとします。その結果を受けて、大学は加工条件を修正します。製造を担う企業は、修正した条件での原価と作業時間の見積もりを見て、次に投入する人員を判断します。試作、評価、見積もりにはそれぞれ時間がかかり、一つの結果が別の組織の判断を変えるまでの時間差も生まれます。

性能が十分でも、加工費や現場の負担が見合わなければ、企業は投入量を増やさないかもしれません。用途を変える、適した設備を持つ別の企業に加わってもらう、いったん中断する、といった選択肢が生まれます。用途や参加企業が変われば、必要な性能、情報を共有する相手、役割や費用の分け方も見直すことになります。

ここでは、試作で得た知識や使える人員が変わるとともに、判断の条件や組織間の関係も変わるものとします。経験に応じて変更するところまで、検討の範囲が広がったわけです。

関係そのものの変化を扱う研究として、ジャクソンとワッツは、関係から得られる利得に応じて人々がつながりを形成・切断し、ネットワークが変わるモデルを分析しました。制度や役割の変更も説明したいなら、誰がどの経験や情報を受けて変えるのかを調べる必要が生じます。先ほどの式でθに時点を付けるだけでは、その変更を説明したことにはなりません。制度や関係を状態の一部に含めるか、別に更新規則を示して、両者の変化を合わせて扱います。どんどん面倒になっていきますね。

さらに、予測を使うこと自体が、その後の行動を変える場合もあります。Perdomoらは、予測に基づく意思決定が、予測対象の結果やデータの分布を変える問題を扱っています。社会を分析する際には、分析結果を使った判断も、変化の過程に含まれ得ます。

人々が相互作用し、経験を受けて行動や関係を変えることへの関心は、社会を複雑適応系として捉える視点とも重なります。力学系という数学的な枠組みは、その変化を状態と更新規則として吟味する際に使えます。ただし、各人にとって合理的な選択が、全体にとって望ましい結果を生むかどうかは、別に検討する必要があります。

変化をどこまで見通せるか

変化の規則を考える際には、働きかけと結果が単純に比例するとは限らないことにも注意が必要です。

比例や足し合わせで表せない規則を扱うのが、非線形性を考慮するということです。

閾値を含むモデルでは、条件のわずかな違いが、その後の大きな違いにつながる場合があります。

ただし、小さな働きかけがいつでも大きな成果を生むわけではありません。線形の近似で十分に役立つ範囲があるかどうかも含めて、対象と条件に応じて検討します。

非線形性とカオスも区別が必要です。ローレンツは、特定の非線形微分方程式で、近い初期状態から出発しても、その後の軌道が大きく離れ得ることを示しました。この研究から、個別の社会現象がカオスだと結論することはできません。社会の予測が難しい理由には、観測できていない条件や偶然の出来事、行動や制度の変更なども考えられます。

また、モデルが現状をうまく再現できることと、働きかけの効果を確かめられたことも区別する必要があります。異なる仕組みから同じ観測値が生じる可能性があるためです。共同開発の仮想例も、何に目を向けるかを示した段階に過ぎません。実際にモデル化するには、判断の条件や時間差を観察し、想定した変化の規則を検討する必要があります。

続いている状態の意味を考える

変化を捉える視点は、なぜ現状が続くのかを考える際にも使えます。変化の規則や外部条件を固定したとき、規則を適用しても状態が変わらない点を固定点と呼びます。十分近いところから出発すれば近くにとどまる性質が安定性で、さらにその点へ近づいていく場合を漸近安定と呼びます。

ただし、参加社数などの観測値がしばらく一定でも、数学的な安定性を確認できたことにはなりません。小さな変化を受けた後にどう動くかも確かめる必要があります。10社モデルのB集団が1社で止まるのも、指定した初期状態と規則から計算した結果です。別の初期状態からの動きは異なる可能性が十分にありますので、改めて調べる必要があります。

ところで、数学的な安定性には、公平、公正、幸福といった価値判断は含まれません。共同開発が続いていても、一部の担当者に負担が集中し、製品を使う人の要望が届いていないかもしれません。何が続くのかを説明することと、その状態を望ましいと評価することは、別の作業です。

どの変化を支えたいのでしょうか。誰にとっての改善を目指し、誰が負担を引き受けるのでしょうか。そこでは、人々の経験や価値観、制度や歴史についての理解と、関係者との対話が必要になります。力学系の分析から得られる見通しは、その判断に使う材料の一つになる・・・というあたりが限界でしょう。

地域や社会の捉え方を実践につなぐ

地域や社会をどう捉えるかによって、何を確かめ、どこに働きかけるかも変わります。人口や予算、参加者数を把握することに、そこから次の行動が生まれる条件を調べることを重ねると、支援を考える問いが具体的になります。以下は、この見方から考えられる実務上の示唆であり、力学系の理論だけで一意に決まる処方箋ではありません。

共同開発の例なら、担当者を追加すれば試作が進む局面と、利用側の評価条件が決まらなければ進まない局面では、必要な働きかけが異なるでしょう。資源を増やす際にも、それが誰のどの判断を変え、次に何ができるようになるのかを考えます。

判断を求める時期も検討の対象です。必要な試験結果や見積もりが届く前には動けなくても、それらを確認した後なら次の人員投入を選べるかもしれません。共同評価に参加すること、性能を評価すること、実際に購入することは、それぞれ別の条件を伴います。どの判断が何を待っているかを確かめることで、働きかける順序も考えられます。

試行を終えた後には、成果の数字とともに、誰の判断が何によって変わったかを残します。新しい協働相手を得たか、役割や費用負担の合意が変わったか、次に試すための知識が増えたかを確かめます。用途を変えたり開発を中断したりする場合も、得られたデータの扱いと判断の理由を整理すれば、次の検討に使えます。

イゼルローンがEmergence Designで重視しているのは、新しい価値が生まれ、育ち続ける条件を考えることです。そのために、技術や事業の内容とともに、人や組織がどのように関わり、経験を受けて何を変えるのかを見ていきます。

私たちは、地域や社会を、相互作用を通じて姿を変えていく過程として捉えています。その見方を採ると、目の前の成果に続いて、「この経験は、次のどのような行動を可能にしたのか」と問えるようになります。力学系という視点は、私たちが地域や社会に関わるとき、その問いを具体的にする手掛かりになります。

参考文献

  1. Teschl, G.(2012)Ordinary Differential Equations and Dynamical Systems. American Mathematical Society.
  2. Granovetter, M.(1978)Threshold Models of Collective Behavior. American Journal of Sociology, 83(6), 1420–1443.
  3. Centola, D.(2010)The Spread of Behavior in an Online Social Network Experiment. Science, 329(5996), 1194–1197.
  4. Lorenz, E. N.(1963)Deterministic Nonperiodic Flow. Journal of the Atmospheric Sciences, 20(2), 130–141.
  5. Jackson, M. O., & Watts, A.(2002)The Evolution of Social and Economic Networks. Journal of Economic Theory, 106(2), 265–295.
  6. Perdomo, J., et al.(2020)Performative Prediction. Proceedings of Machine Learning Research, 119, 7599–7609.

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