前編では損益計算書(P/L)を通じて企業の「動」を捉えました。
後編では貸借対照表(B/S)が映す企業の「静」、すなわち財務構造と長期ビジョンに注目します。
日々の行動だけでなく全社の構造的な方向性を示すことで、組織の適応力は一層高まります。
その長期指針となるのがB/Sビジョンです。
B/Sは企業の「静」:財務構造が語るもの
B/S(貸借対照表)は企業の財政状態を示す一覧表ですが、その内訳を経営視点で捉えると、会社の「あり方(Being)」を映す鏡となります 。P/Lが動的適応のトラッキングであるのに対し、B/Sは企業の設計原理と将来像を定める静的構造です。
まずB/Sの右側(貸方)は、事業に必要な資金を「どこから調達したか」を表します 。
ここには資金源が3つに大別されます。
1. 負債 – 銀行借入など一時的に他人から借りた資金(「他人の金」) 。
利息というコストが発生しますが、必要な時に素早く資金を増やせる手段です。
2. 資本 – 株主から出資を受けた資金(「株主の金」) 。
配当や株価成長というリターンを求められます。オーナー経営の場合は経営者自身が株主なので直接のコストは意識されないかもしれません。
3. 利益剰余金 – 事業によって稼ぎ蓄積した利益(「会社の金」) 。
過去の純利益の積み重ねであり、返済も配当も不要な自前の資金です。
右側のこの構成比率を見ると、「誰の会社か」が見えてきます。資金の大半を負債に頼る企業は実質的に「銀行の会社=借り物経営」となり、株主資本が多ければ「株主の会社=他者との協調経営」、自己資本が厚ければ「自分たちの会社=自律的経営」です 。
経営者が資本構成の違いによって会社の性格(経営の姿勢)、すなわち環境への適応スタイルが決まります 。
重要なのは、自社を取り巻く環境や事業特性に応じて、この構成を戦略的にデザインすることです。
一方、B/Sの左側(借方)には調達した資金の「使い途」、すなわち資産が記載されます 。
上段の流動資産は現預金や売掛金などすぐ現金化できる資産、下段の固定資産は土地・設備・機械のようにすぐには換金できない資産です 。
流動資産が十分にあれば、不意の事態にも対応しやすくなります。例えば突然の売上激減局面でも、手元の現金さえ潤沢なら社員の給与を払い続けることができ、急激な環境変化に耐えられます 。すなわち、流動資産は変化への柔軟性を示し、手元現金は“未来の選択肢”を意味します。
逆に固定資産が多い会社は資金の流動性が低く、変化への対応が遅れがちです。一方で、固定資産は構造的優位性を意味し、企業の“進化方向”を規定します。そのため、自社で持つ資産と外部から借りる資産を分け、必要以上に固定資産を抱え込まない工夫が求められます 。
B/Sの右側には「誰の資金で会社を動かすか」という経営姿勢が、左側には「現在と未来のどちらに重点を置くか」という戦略姿勢が色濃く表れます 。
現在のB/Sは過去の意思決定の産物であり、裏を返せば経営者は将来のB/S像を長期ゴールとして描き、それに沿って意思決定を積み重ねることで会社の「あり方」を自らデザインする「未来を創るための設計図」として機能するのです 。
次に、その長期ゴールの描き方を考えてみましょう。

B/Sビジョン:長期ゴールが導く適応と進化
B/Sビジョンとは、将来の自社のB/Sの形を核として宣言した長期的なゴールのことです 。
ビジョンは多くの場合言葉で語られますが、それだけでは絵に描いた餅に終わるリスクがあります 。
B/Sという数値の形でも長期ゴール示すことで、それを現実に近づける具体策が生まれ、組織で共有しやすくなります 。長期的な企業の進化には、言葉と数値の両面から描かれた長期ゴールの設定が不可欠です。
では実際にB/Sビジョンを描く際、どのような点を押さえればよいでしょうか。
ポイントとなるのは次の3つです。
1. 純資産(自己資本):まず注目すべきは、会社が蓄積する純資産の額です 。
自己資本が厚いことは、継続的に利益を出している証であると同時に、将来の変化に備える資金クッションが十分あることを意味します 。
純資産は「会社の自由に使えるお金」でもあります 。
どれくらい自己資本を持つべきかは企業規模によりますが、社員一人あたり1000万円の純資産を目標にすれば、コロナ禍のような大きな逆風でも1年以上給与を払い続けられる計算になります 。
2. 固定資産:次に、事業に必要な固定資産のあり方です。
自社のビジネスモデルを将来どう進化させるかによって、持つべき固定資産は変わります 。
大企業のように大規模投資でコスト低減を図るのは中小企業には現実的ではありません 。
むしろ自社の担うポジションを見直し、競争優位を生み出すコア資産だけを保有する方が得策でしょう 。
B/Sビジョンでは、自社のビジネスモデルを将来「儲かりやすい形」に変革することを見据えて、どの固定資産を残しどれを減らすかを検討します 。
3. 流動資産:最後に流動資産。
現金は「何にでも姿を変えられる」万能の資源であり、機械を買う、人を雇う、在庫を仕入れるなど使い途は自由自在です 。
せっかく自己資本を厚くしても、それをすべて固定資産に変えてしまっては、いざという時に柔軟な対応ができません 。
逆に手元資金が潤沢にあれば、新たなチャンスにもすぐに動けます。
したがって、将来に向けてどの程度のキャッシュ(キャッシュフロー)を確保しておくかという方針自体を、B/Sビジョンの一部として定めておくと良いでしょう 。
これら3点は互いに関係し合います。
事業の利益率(ROA)が高ければ多少自己資本比率が低くても回りますが、利益率が低い事業であれば自己資本比率を高め安全余裕を確保しておく必要があります 。
このROA×自己資本比率 という指標は、自社のビジネスモデルに応じて望ましい財務バランスを考える上で有用です。
企業は複雑適応系であり、常に環境に適応しながら自らを更新していく存在です。そのためには、「動き(P/L)」を読み取り、「構造(B/S)」を描き直すという両輪の統合的マネジメントが必要です。
- P/Lは「現場の創発」を数値化し、
- B/Sは「進化の設計図」として未来を方向づける。
ものです。言葉のビジョンだけでなく、財務構造としての長期ゴール(B/Sビジョン)を経営者自身が描き示すことで、数値で裏付けられた未来図を示すことで、社員は日々の意思決定をそのビジョンと照らし合わせるようになり、組織には創発的な適応が生まれます。言葉で描いたビジョンを実現するための羅針盤として、B/Sビジョンを活用することを強くお勧めします 。
P/LとB/Sという「動」と「静」の両輪を回し続けることで、企業は環境変化に適応し、自ら進化していくでしょう。