西粟倉村の「地域のシステム変革(Regional Systems Change, RSC)」の動態を振り返ると、地域変革を促す自治体支援のヒントが見えてきます。それはまさに、地域を複雑適応系と捉えたアプローチの有効性です。外部の専門家が詳細に計画を作り込むのではなく、現場での創発(予期せぬ新しいアイデアや組織の誕生)を引き出すことで、地域はしなやかに変化し続けられることが分かりました。
西粟倉村では職員が自ら学び挑戦する文化が醸成され、次々と新しいプロジェクトが生まれては選別され、形を変えながら定着していきました。その背景には、「変わり続けているからこそ安定できる」という組織風土の変化があります 。実際に、幾度も繰り返し自らを揺さぶり再編成する経験を積む中で、職員たちは不安定さ自体を受け入れ、それを楽しみながら次の安定(適応状態)へと移行するスキルを身につけていったのです 。
このプロセスは自己組織化と呼ばれますが 、西粟倉村では自己組織化のサイクルが組織内で回り始め、複雑な環境変化にも対応できる力が養われました。
では、自治体職員や地域コーディネーターの立場から何を意識すれば、自分たちの地域に同じような創発的変革を促せるのでしょうか。西粟倉村の事例から学べる自治体支援のポイントを整理すると、以下のようになります。
- 多様なアイデア(ネタ)を引き出す場づくり:役場内外のメンバーが自由に意見を出し合えるワークショップ等を開催し、できるだけ多くの選択肢を生み出す。
- 外部人材や異分野との協働:若者や専門人材、民間プレーヤーなど外のエージェントを受け入れてネットワークを広げ、新鮮な視点と刺激を地域にもたらす。
- プロジェクトの選択と集中:出てきたアイデアを評価する基準を共有し、地域ビジョンに沿った有望なプロジェクトに資源を集中投下する一方で、そうでないものは無理に続けない判断力を持つ。
- 住民主体で回る仕組みへの移行:立ち上げた事業は、最終的に行政の手を離れても持続する形を目指す。地域住民や民間に役割を渡し、行政は黒子に徹することで、地域の自己組織化を後押しする。
以上の点を心がけることで、支援する側がすべてを決定・実行しなくとも、地域の中から変革の芽が育ちやすくなります。

複雑適応系の視点に立った自治体支援とは、「ハーネシング(馴化)」、別の言葉で言えば「緩やかな方向づけ」と「場のデザイン」です。細部まで管理するのではなく、大まかなビジョンと適度な揺らぎを与えてやることで、地域というシステムは自律的に望ましい方向へ動き始めます 。西粟倉村で得られた知見は、他の自治体でも大小の違いはあれど応用できるはずです。実際、「どんなに環境が変わっても生き残れる地域」を目指すならば、内部に多様なアイデアと変化対応力を蓄えておくことが不可欠でしょう。
複雑適応系として地域を見るアプローチは、最初は捉えどころがなく感じられるかもしれません。しかし本記事で扱ったように、具体的なプロジェクトの設計と運営に落とし込むことで、その有効性が実感できます。RSCプロジェクトの事例が示すように、地域を取り巻く人々が互いに学び合い、連鎖的に行動を変えていくとき、地域社会には想像を超えた変革が起こり得るのです。それを引き出すのが自治体支援者の新たな役割だと言えるでしょう。
本シリーズでは、複雑適応系の観点を軸に据えつつ、自治体が地域変革を支援する様々な手法や事例をさらに深掘りしていきます。次回以降の記事では、今回紹介したRSCプロジェクト以外のケースや、ネットワーク型の教育連携、協働ガバナンスモデルなど、異なる角度から地域システム変革のポイントを探っていく予定です。引き続き、地域が自ら輝くためのヒントを一緒に考えていきましょう。