現代は先行きの読めない複雑な時代であり、技術革新や市場トレンドの激変、そして新型コロナ禍のような予測不能な危機の中で企業は常に変化への適応を迫られます 。
こうした中、「強くてよい会社」を目指す経営手法として注目したいのがB/S経営です。
これは、バブル崩壊で巨額の負債を抱えながらも事業再生に成功したある創業者が生み出した経営術で、変化の激しい時代に企業を生き残らせるための知恵でした 。
強くてよい会社とは何でしょうか 。
「強い会社」とは、環境の激変にも倒れない会社。逆風にも耐えられる財務的な体力と、逆境をチャンスに変える事業創造力を備えていることを指します。
「よい会社」とは、社員が仕事を楽しみ、成長できる会社です 。
社員一人ひとりが意欲と創造性を発揮できる職場は企業全体の活力となり、持続的な成長エンジンともなります。
強さ(経営の安定と変化対応力)と良さ(働く人々の幸福と挑戦意欲)が両立する会社こそが、変化に適応し続ける「強くてよい会社」なのです。
では、どうすればそのような会社を実現できるのでしょうか。
B/S経営のエッセンスは、企業を「商品」として捉える独自の視点にあります。
通常、経営者は商品・サービスを通じて顧客のニーズを満たすことに注力します 。
しかしここで経営者自身の顧客に目を向けてみると、新たな発想が生まれます。
それは「会社を買ってくれる人」、すなわち会社そのものの価値を評価する第三の顧客です 。
実際に会社を売る必要はありませんが、仮に自社を買いたい人がいるとしたら——そう考えてみるのです。
企業をひとつの「商品」と見立て、その魅力を高めるには何が必要かを問うアプローチと言えます。
第三の顧客の視点に立つと、真っ先に問われるのは「どれだけ儲かる会社か」という点でしょう。
投資したお金に対し、どの程度のリターンが得られるか——企業価値を測るこの尺度がROA(総資産利益率)です 。
これは、会社が持つ全資産を使って年間どれだけの利益を生み出せるかを示す指標です 。
このROAが高い会社ほど効率的に利益を出しており、経営力が高い会社であることを示します 。
B/S経営では、経営者は常に自社のROAを意識し、これを高めることを目標に置きます。
ではROAを高めるにはどうすればよいでしょうか。式で表すとROA=利益÷総資産です 。
つまり利益(P/L上の分子)を増やすこと、もしくは総資産(B/S上の分母)を減らすことに尽きます 。
ただし利益追求と資産削減のバランスには注意が必要です。
短期利益を優先して資産を減らしすぎれば将来の稼ぐ力を損ないかねず、逆に将来に備えるあまり利益を出せなければ成長の原資を欠くからです。
経営者はこのバランスを見極め、状況に応じて舵を切る必要があります。
P/Lは企業の「動」:日々の価値創出を読む

企業の損益計算書(P/L)は、会社の「動き」——すなわち日々のビジネスの積み重ねを数字で表したものです。
一定期間の収益(入るお金)から費用(出るお金)を差し引いて最終的な利益が算出されます 。
この損益計算書を通じて、経営者は自社の営みがどれだけの価値(利益)を生み出したかを客観的に把握できます。
ここで重要なのは、収益と費用のそれぞれに現場と経営者の明確な役割分担がある点です。
まず収益(入るお金)には3つの種類があります 。
第一は売上です。
顧客への商品・サービス提供によって得られる売上高は、現場の社員たちの努力(営業活動やサービス提供)によって日々積み上げられます 。
現場の自主的な創意工夫が売上を伸ばし、会社全体の価値創出を底上げします。
第二は営業外収益。例えば遊休資産を駐車場に活用して得る賃料収入や、株式配当・預金利息など本業以外で継続的に得られる収入です 。
これは経営者の投資判断による収益であり、現場よりも経営陣の意思決定に属します。
第三は特別利益。土地や有価証券など資産の売却によって得られる一時的な収入です 。
これも経営者の裁量によるもので、適切なタイミングで資産を手放す決断力が問われます 。
日々の売上は分散的意思決定の集合である現場の行動によって生み出され、それ以外の収益は経営者の戦略的判断によってもたらされます 。
次に費用(出るお金)は4つのカテゴリーに分かれます 。
一つ目は売上原価、販売した商品やサービスの仕入れ・製造に直接かかったコストです 。
各商品の原価を下げる努力は現場のミッションですが、どの商品にどれだけリソースを割くかというビジネスモデル上の決定は経営側の責任となります 。
二つ目は販売費および一般管理費(販管費)で、人件費・地代家賃・広告宣伝費など事業運営に必要な諸コストです 。
削減すれば良いというものではなく、費用がどれだけ売上拡大や顧客価値向上に貢献しているかを見極める視点が重要になります 。どこにどれだけ費用をかけるかは経営者の戦略判断で、その効果を高める運用は管理職の腕に委ねられます 。
三つ目は営業外費用(借入金利等)、四つ目は特別損失(災害損失や売却損など)です 。前者は会社の信用力、平たく言えば財務健全性によって額が上下し、後者は発生タイミングを調整できるため戦略的な費用としても利用し得ます。
要するに、P/Lは企業という組織体の「やっていること(Doing)」を映し出す鏡なのです 。
経営者にとってP/Lを読み解くことは、「自社は今何を行っているか」「どこに強みと課題があるか」を俯瞰し、次の一手を考える作業にほかなりません。
その意味で、P/Lは経営改善のための強力なフィードバックループでもあります。
現場の試行錯誤や改善活動が売上や利益となって表れ、経営側がそれをもとに戦略を修正・実行する——このサイクルを絶えず回し続けることで、企業は環境変化に適応しながら成長していきます。
しかし長期に勝ち残るには、目先の利益追求だけでは不十分です。
短期的な稼ぎだけでなく、将来の変化に備える構造的な強さが必要だからです。
それは貸借対照表(B/S)に表れる会社の「あり方(Being)」であり 、経営者はここに長期ビジョンを描かねばなりません。
後編では、B/Sに着目した経営の視点と、前編で述べたP/L重視のアプローチを統合し、企業が継続的に進化するための長期ビジョン(B/Sビジョン)の描き方について考察します。